📮KURUME LETTER

講座間の垣根がない本学。他大学の先生から「他の講座と連携がとれていて羨ましい」と言われたことも。
🔬研究

講座間の垣根がない本学。他大学の先生から「他の講座と連携がとれていて羨ましい」と言われたことも。

医学部 内科学講座(消化器内科部門) 川口 巧 教授

所属部署について教えてください

2022年4月1日に医学部内科学講座 消化器内科部門の主任教授を拝命しました。

当講座では、食道癌、胃癌、大腸癌、肝臓癌、膵癌、胆嚢・胆管癌などの悪性腫瘍から、逆流性食道炎、炎症性腸疾患、肝硬変、門脈圧亢進症、肝炎や脂肪肝などさまざまな消化器疾患に対して幅広く診療と研究を行っています。また、がん集学治療センターや救命救急センターの診療や研究にも携わっています。

どのような研究をされていますか?

私は、「脂肪肝」や「肝硬変の栄養療法」、そして「臓器連関」といって、肝臓とさまざまな臓器や病気(糖尿病、心疾患、皮膚疾患や筋萎縮等)とつながりについて研究を行っています。肝臓は「人体の化学工場」と言われるほど多くの物質の代謝に関わっています。また、肝臓は、門脈・肝動脈・肝静脈という3本の血管を介してさまざまな臓器とつながりのある大変興味深い臓器です。

消化器疾患は栄養不良状態の患者が多く、2004年より、消化器内科医、看護師、管理栄養士からなるチームを設立し栄養状態の改善に取り組んできました。その取り組みの中で、多くの患者は入院中に筋委縮が進行することが明らかとなりました。そのため、2013年からは整形外科医・リハビリテーション科医・理学療法士・作業療法士も加わり、チームで栄養・運動療法に取り組んでいます。このチーム医療から発信した肝疾患の運動療法に関する基準は日本だけでなく、米国消化器病学会のガイドラインにも掲載されています。そして、これまでの取り組みを評価頂き「肝硬変のガイドライン」(日本消化器病学会・日本肝臓学会による)、およびアジア太平洋肝臓学会「脂肪肝のガイドライン」にも作成委員として携わっています。

肝硬変の診療ガイドライン
https://minds.jcqhc.or.jp/n/med/4/med0035/G0001238

消化器内科病棟でのチーム医療
消化器内科病棟でのチーム医療

肝臓病の患者さんはさまざまな合併症を発症することから他科との連携が不可欠です。これまでに、私たちは、診療科の垣根を越え、学内の整形外科、リハビリテーション部、内分泌代謝内科、病理診断科・病理部、心臓・血管内科、皮膚科と共同研究を行い、患者さんに還元しうる新規病態の解明や治療の開発に取り組んできました。

新規病態解明や治療の開発

肝臓病のなかでも「脂肪肝」は近年とても増えており、その有病率は成人人口の25-30%とも言われています。そこで、我々は久留米内科医会や全国複数の施設と共同で脂肪肝の実態調査を行っています。また、脂肪肝を改善するため、本学の整形外科・リハビリテーション部と共同で「脂肪肝改善のための運動療法」を開発するとともに、脂肪肝の患者さんのPRO※を高めるための研究を、国内や海外の施設と共同で行っています。

※PRO (Patient Reported Outcome:患者報告型の評価)患者さんの生活の質、身体的な苦痛の軽減、精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、生きがい、満足度などの主観的な評価。

米国 Prof. Younossi Lab(INOVA Medical Center)とのPROに関するWEBミーティング
米国 Prof. Younossi Lab(INOVA Medical Center)とのPROに関するWEBミーティング

開発された肝炎体操について

数年前に東京で開催された市民公開講座で、会長である国立国際医療研究センターの考藤(かんとう)達哉先生から「当日、会場にこられた市民の方と一緒にできる運動を考えてほしい」というご依頼をいただきました。そのことがきっかけで、これまでに脂肪肝の改善効果が報告されている運動のなかから、その場でできる運動を選んで作った運動プログラムが「肝炎体操」です。もちろん、この運動プログラムの考案は私が一人で行ったわけではありません、当大学の整形外科、リハビリテーション部、そして運動好きの医学部の学生さん達と一緒になって、ああでもないこうでもないと議論を重ねて作りました。

NHKあさイチ取材 久留米大学病院リハビリテーション室にて
NHKあさイチ取材 久留米大学病院リハビリテーション室にて

肝炎体操は、ウォーミングアップの(1)でスタートし、4つの運動((2)~(5))で、背中、お尻、足の順番で筋肉を動かし、最後はストレッチ(6)で体をほぐします。

  1. ウォーミングアップ:足踏み
  2. 背中の筋肉:お辞儀
  3. 背中の筋肉:タオルを使って
  4. お尻と脚の筋肉:スクワット
  5. 足の筋肉:つま先立ち
  6. ストレッチ:ふくらはぎ
肝炎体操 参考:
肝炎体操 参考: (https://www.kanen.ncgm.go.jp/gymnastics/gymnastics/kanen.taisou.html)

「肝炎体操」によりマイオカインが分泌

我々は、肝炎体操が生体にどのような影響をおよぼすか調べてみました。その結果、たった10分程度の肝炎体操でも、血液中にマイオカイン(筋細胞から分泌されるホルモン)の一種であるフラクタルカインが上昇することが明らかとなりました。フラクタルカインは肝癌細胞の増殖抑制効果があることが報告されているマイオカインです。そのため、肝炎体操を続けることで肝癌の予防につながるのではないかと期待しています。肝炎体操は、誰にでもできる簡単な体操ですので、脂肪肝の予防・改善という目的に限らず皆さんの健康維持に活用してもらえたら嬉しいです。また佐賀大学と共同で脂肪肝の患者さん向けの運動動画も作成しました。こちらの方も是非、ご覧ください。

この道に進むことになったきっかけ、これまでの歩みを教えてください

消化器内科医だった父の影響を受け同じ医学の道に進み、大学でしっかり学んだほうがいいという両親や先輩の勧めから、久留米大学の大学院医学研究科に進学しました。そこで、当時、消化器内科を主宰されていた谷川久一教授をはじめ、向坂(さきさか)彰太郎教授、佐田通夫教授、鳥村拓司教授、原田大教授に学びました。そして、大学院での博士論文が米国肝臓学会の機関誌Hepatologyに掲載されました。さらにその後の継続研究も、Hepatologyに採択されるとともに表紙を飾ることができました。このように、ご指導いただいた先生方に恵まれ、22年間にわたり肝臓の研究をしてきました。

肝臓の道に進むことになったきっかけをさらに辿ると、大学2年生の解剖学の授業に行きつくのかもしれません。走査電子顕微鏡を使って肝臓を見る機会があり、肝細胞だけでなく、さまざまなもので成り立っている肝臓組織の立体的な姿に興味を覚えたことを思い出します。

現在の研究テーマである「脂肪肝や代謝」という分野に進むことになったのは、2000年に米国テキサス大学に留学したことがきっかけです。当時、アメリカでは脂肪を食べたら太るというのが通説だったのですが、低脂肪食が出てきても米国の肥満人口は減らず、原因は炭水化物の過剰摂取ではないかということが言われ出した頃でした。そのような背景から、脂肪肝と炭水化物の関係を探る研究を留学中に行いました。

留学先での研究時間
留学先での研究時間
留学先での余暇の時間
留学先での余暇の時間

海外で研究して強く感じたのは、研究者たちの研究への熱意や姿勢です。なかには朝5時頃から実験をしている研究者もいましたし、土日・祭日も関係なく研究をしている研究者もいました。多くの研究者が、真実を追求するために時間や労力を惜しまず取り組んでいました。カンファランスでも、研究をより良いものにするために、親身になって意見を言ってくれていました。そういった環境で研究に真剣に向き合う姿勢を学ぶことがでたことは私の大きな財産であり、今の研究生活にも大きく生かされています。

これまでの研究活動の中で 特に大きな転機はありましたか?

父が開業医だったこともあり、継承開業も考えていました。しかし、留学で得た知識を応用して行ったC型肝炎とインスリン抵抗性の研究が私の大きな転機となりました。

C型肝炎の患者さんの血清インスリン値を測定してみると、他の慢性肝疾患よりもはるかに高い値でした。そして、C型肝炎の遺伝子を肝細胞に導入したところ、細胞内のインスリンシグナルに関わるIRSという蛋白の発現が低下し、「インスリン抵抗性」の状態(インスリン抵抗性:インスリンは十分な量が作られているが効果を発揮できない状態)になっていることが明らかとなりました。さらに、その後の臨床研究によりインスリン抵抗性と肝発がんや患者さんの予後が関連することや、インスリン抵抗性を改善することにより肝発がんを抑制しうるといった研究結果も得られました。

C型肝炎とインスリン抵抗性の研究

研究成果はC型肝炎に関するものでしたが、同じような病態が「脂肪肝」にも当てはまることから、これらの結果は現在も脂肪肝の研究に生かされています。このように、研究により新しい病態が明らかになり、新しい治療法が生まれる。そして、その結果が他の病気の治療にも役立つ。さまざまな視点から広い目を持つことで研究が繋がり、これまでにない治療法を創造できると思います。

研究が進まない時期、どうやって乗り越えましたか?

研究が進まないときは、グループのメンバーなど、上下関係なくさまざまな人に相談して解決してきました。話していると、次第に活路は見いだせると思います。特に、みんなで食事やお酒を飲みながら話しているうちにいいアイデアが生まれ、研究が進んだことも多くあります。行き詰っても、一人で悩まずに、まずは周りの人に相談してみるときっと道はひらけると思います。

研究の醍醐味は?

何か新しいことを発見できたときの喜び、誰もまだ知らないことを知ることができ、その新たな知見が人の、そして世の中の役に立っていく、そこが醍醐味と思います。また、研究結果の発表がきっかけで、少しずつさまざまな人の輪ができていき、自分の見える世界が広がっていくことも、研究の醍醐味だと思います。

研究を開始した時は、久留米や九州にしか仲間はいませんでしたが、今は世界中に仲間ができました。同じ方向性を持った仲間と研究ができるようになったことは、とても幸せなことだと感じています。2020年、22か国32名の専門医からなるInternational Expert Panelより脂肪肝の新しい概念「代謝性機能障害に伴う脂肪肝:MAFLD(Metabolic dysfunction Associated Fatty Liver Disease)」が提唱されました。その際、私もメンバーとして参画させていただけたときは同じ分野で長年研究をやっていて本当に良かったと思いました。

参考記事:「MAFLD」新たな疾患定義を提案 https://www.47news.jp/6942373.html

研究を離れた休日などにされていることはありますか?

もともとスポーツが好きで、学生時代はサッカーとスキーをやっていました。大きな怪我をしたこともあり今はコンタクトのある運動はできていませんが、ジョギングをしたり、家内の勧めもあってヨガをしたりしています。ヨガは精神的な安定にもつながっていて、皆さんにもおすすめです。

ジョギング
ヨガ

研究者を目指す方へメッセージをお願いします

何事も「愉しむ」ことを心がけるようにしています。「たのしむ」という言葉には「楽しむ」と「愉しむ」があり、前者は映画など与えられたものをその場で楽しむこと、後者は自分が何らかのアクションを起こし、その得られた結果に対する達成感や満足感を表しているようです。どちらも大切ですが、私は、後者の「愉しむ」を心がけたいと思っています。自身で考えてアクションを起こし、愉しみながら研究を継続していただきたいと思います。

また、久留米大学は、講座間の垣根がないところが大きな特徴だと思います。肝臓といろいろな臓器に関する共同研究を発表したときには、他大学の先生方から「他の講座と連携がとれていて羨ましい」と言われたことがあります。特に消化器内科部門と整形外科・リハビリテーション部との共同研究は世界でも珍しい取り組みだと思います。そのような環境が整った本学で研究をしたいと思う方がもっと増えることを願っています。

川口 巧 教授

久留米大学は地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学を目指しています。今後に向けた意気込みをお願いします

久留米大学の研究における連携は学内の講座間にとどまらず、地域医師会の先生方とも強いのも特長です。地域の医療を第一線で支えておられる医師会の先生方から患者さんの詳しい情報を得ることができるだけでなく、共同研究にも惜しみないご協力をいただけるので「患者さんに還元しうる研究」が行いやすい環境にあります。今後、さらに地域が一体となり「愉しみ」ながら、患者さんが幸せになれる研究ができればと考えています。

最後に、病気になって治すのも大事ですが、いかに病気にならないようにするかという「予防」も重要だと思います。診療や市民公開講座をとおして皆さんに予防の大切さを伝え、健康な社会づくりに微力ながら貢献していけたらと思っています。

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略歴

  • 1995年 久留米大学医学部卒業
  • 1999年 久留米大学大学院医学研究科博士課修了
  • 2000年 米国テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンター 留学
  • 2002年 久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門 助教
  • 2007年 久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門 講師
  • 2020年 久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門 准教授
  • 2022年 久留米大学医学部内科学講座消化器内科部門 主任教授


【学会役員、評議員、指導医、専門医など】

  • 日本内科学会 認定内科医
  • 日本消化器病学会 評議員・専門医
  • 日本肝臓学会 評議員・指導医・専門医
  • 日本臨床栄養代謝学会 評議員・専門医
  • 日本病態栄養学会 評議員
  • 日本がん治療認定医機構 がん治療認定医

  • アジア太平洋肝臓学会 脂肪肝ガイドライン作成委員会 委員
  • 日本消化器病学会・日本肝臓学会合同 肝硬変ガイドライン作成委員会 委員
  • 日本肝臓学会 アルコール性肝障害に関する指針作成委員会 委員
  • 日本肝臓学会 門脈圧亢進症診療ガイド作成委員会 委員
  • 日本病態栄養学会 がん病態栄養専門管理栄養士制度委員会 委員
  • 日本肝臓学会・日本糖尿病学会合同研究会「肝臓と糖尿病・代謝研究会」委員会 委員