📮KURUME LETTER

「気分がおちこむ」といった主観的現象を少しでも客観的に「見える化」
🔬研究

「気分がおちこむ」といった主観的現象を少しでも客観的に「見える化」

高次脳疾患研究所 小路 純央 教授

所属部署について教えてください

私の所属している高次脳疾患研究所は、脳科学に関連する基礎医学講座や臨床医学講座、文学部心理学科などからなる総合研究所であり、臨床部門(心理検査部門やもの忘れ外来)および基礎医学や臨床医学に関連した研究部門を有しており、健康寿命の延伸を目的とした予防から考える地域包括支援システムの構築、脳科学に関連した新薬の開発、発育期脳障害の早期発見、介入・治療(福岡県南部における社会実装のプロジェクト)を主なテーマとして、子どもから高齢者まで幅広く積極的に研究を進めています。

脳のはたらき(脳機能局在論)

人間の脳には、呼吸や循環など「生きていくために欠かせない機能」にはじまり、知的能力、運動能力、視覚、聴覚などの「基本的な機能」、さらに知識に基づいて行動を計画し、実行する、コミュニケーションに重要な相手の気持ちを察し、感情を制御してさなざまな状況や場面を汲み取り適切な行動に導くなどの「高度な機能」があり、これを高次脳機能と呼びます。聞きなれない方も多いと思いますが、知覚、記憶、学習、思考、判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能を総称するものです。

高次脳機能障がいとは、外傷による脳の損傷や脳血管障害などの脳疾患によりこれらの高次脳機能に障害があるため、日常生活や社会生活に支障が生じるもののことです。一見ではわかりづらく、理解されにくい障害で、その治療や研究も行っています。専門は精神医学、神経生理学、精神薬理です。

人間行動の神経学的モデル(高次脳機能)

この道に進むことになったきっかけ、これまでの歩みを教えてください

医師を目指したのは、生まれて1歳半のときに当時撲滅されていなかった天然痘ワクチンの副作用で半年間生死をさまよった末に命を助けられたことを両親の口から知り、人の生命を扱う医師の重要さを感じたのがきっかけでした。また、中学・高校時代に交友関係に悩んだことがあり、思春期時代のさまざまな経験から「心の問題」はこれからますます重要になると体感し、「精神医学」の道を志すことを決めました。

久留米大学に進学してからは、生理学に始まり薬理学など基礎医学をしっかり学びました。精神医学とは一見関係がないように思えますが、生理学や薬理学といった基礎医学を知っているのといないのでは臨床医としても専門分野に進んだときの発展性が違ってくると実感しています。そういった意味でも、90有余年の歴史に育まれ基礎医学の研究組織が充実した久留米大学で学べてよかったと思っています。

1991年の卒業時、21世紀は「脳研究の時代」と言われていました。その精神現象の奥深さに惹かれて「脳科学」を選び、卒業後神経精神医学講座に入局すると同時に、生理学の大学院に進学しました。「うつ病」「認知症」「統合失調症」など精神疾患に関連した脳科学について深く研究すればするほど、「気分がおちこむ」といった主観的現象を少しでも客観的に「見える化」し、その回復についても、患者さんへ提供したいと思うようになりました。

脳血流(酸素化ヘモグロビン濃度)変動解析:NIRS
しりとり課題遂行中の脳血流変動(NIRS計測)

少子高齢社会であるわが国においては解決すべき脳科学の問題は数多く、産後のうつ病や発達障害、さまざまな精神疾患や神経疾患、そして認知症など生涯にわたる研究を行うことは、私個人の取り組む研究目標であると同時に、社会全体で取り組むべき永遠の課題でもあります。例えばアルツハイマー病など認知症は、小さいころからの教育が重要であること、中年期以降の肥満や生活習慣病をいかに防いでいくか、運動不足やうつ病など、さまざまなものが危険因子とされており、生涯にわたり心身の健康を守っていくことが大事なライフ・サイエンスです。2007年より私の前任である森田喜一郎客員教授は、久留米大学医学部老年看護学科や、久留米市地域包括支援センターと協働で、久留米市の後援を受けて地域に出向いたもの忘れ予防検診にも取り組んできました。

現在の取り組みについて 「産学官で地域を救う『基山町ファストケア構想』」

現在、久留米大学はさまざまな市町村と連携協定を締結していますが、2019年に佐賀県三養基郡基山町と包括的連携協定を締結しています。その1つに医学部を中心として町の健康づくりに寄与できる取り組みを進めています。基山町の抱える課題として、糖尿病、慢性腎臓病や新たな透析患者の増加、そして今後独居高齢者が増える見通しといった大きな課題があり、これに対してITを積極的に利活用し「健康増進」、「予防、治療」と「QOLの向上」「街づくり」という、単に健康であるだけでなく、『生き甲斐の創出』や『自立支援』につながるような取り組みを、本学の英知を結集して課題を解決するお手伝いをしています。

その取り組みの一つに、内科や整形外科学講座等の他の診療科と協働で私が現在取り組んでいる基山町における「ファストケア構想」があります。

具体的には、基山町が抱える「データヘルス(保健事業実施)計画」の課題を解決すべく、NTTデータ九州、OKEIOS、アイロムCSなどの企業や鳥栖三養基医師会などと連携して、その第1段階として、特定健診や後期高齢者健診を受診されている方を対象に、生活習慣病などをAIを用いて重症化などのリスク解析を行っています。

また、特に高齢者を中心にさまざまなサロンなど高齢者が集う、いわゆる「通いの場」での運動機能の評価や認知機能評価を経時的に行う取り組みを開始しました。これらの検査結果を個人ごとにフィードバックして「見える(化)」を行うことで、個人が自らの健康に気づき、食事や運動、睡眠などの生活習慣を積極的に改善し、健康増進に繋がるような仕組みを構築しています。

「ファストケア構想」の概念図
「ファストケア構想」の概念図
通いの場(リアル拠点)での健康測定と個人に寄り添いについての評価と指導を行う
通いの場(リアル拠点)での健康測定と個人に寄り添いについての評価と指導を行う

データについては個人情報に十分注意し、匿名化するとともに、基山町で解析できるようにしています。本人からの同意が得られた方に対しては、データは医師や保健師、栄養士などの多職種で確認でき、新型コロナ禍においても、オンラインでの健康面のフォローを行うとともに、健康への取組みに対してポイントを付与し、それを地域で利用できることにより、地域トークンエコノミーの流通による健康価値の創出と地域活性化など、地域住民が健康増進への取組みを無理なく持続でき、地域活性化にも繋がる仕組み作りを推進し、健康管理への意識を高めるような工夫もなされています。

まだスタートしたばかりで、高齢者を中心にしたものですが、次の段階として、普段多忙などさまざまな要因で自己管理や保健指導ができていない中年の方についても遠隔で「見える化」が可能になる仕組みを構築中であり、近隣含めた地域を拡大できればと考えていますし、将来的には久留米大学が文医融合大学として「子供から老年期まで」生涯にわたり健康増進を集約していくことができればと夢を膨らませています。

研究活動の醍醐味は?

脳科学で目指している過程は、「探検隊」に近いイメージです。臨床の場でさまざまな患者さんを診ていますが、精神疾患などはいまだ原因解明も十分なされておらず、また治療を行っていく上での改善についてもなかなか客観的には見えにくいものです。そのために私が専門としている精神生理学だけでなく、さまざまな観点での研究が必要であり、脳科学を問わず広い分野を探索しながら、それを明らかにしようとしていきます。その過程で得られる幅広い知見や自分自身の成長により、自分が分かっているところ、分かっていないところが、少しずつ見えてきます。そういった知の「探検」を経て「知ることで広がる楽しさ」は、研究のモチベーションにも繋がっています。

研究者を目指す方へメッセージをお願いします

まずは興味関心のある分野で、それぞれが取り組んでいきたい目標すなわち「My Goal」を目指してほしいと思います。私自身は「教育は共育」と考えており、共に学ぶ者としてあくまで「伴走者」と考えていますので、うまくそのゴールに向かって走れるように、支援することだけを心がけています。走る側も、走らされているという感覚ではなく、きちんと自分なりのゴールを見据え「Vision」を持ちながら研究を「研ぎ澄まして」いってほしいと考えています。

研究を離れた休日などにされていることはありますか

もともと野球やテニスなど運動や、ドライブや釣りなど体を動かしたりすることが好きでいろいろなことに取り組みたいと考えていますが、コロナ禍になってからは子供たちと一緒に特に家庭菜園に励んでいます。今は茄子、ピーマン、胡瓜、ゴーヤ等、夏野菜を育てています。この夏は、新たに南瓜や西瓜にもアプローチ中です。

テニス
家庭菜園

久留米大学は地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学を目指しています。今後に向けた意気込みをお願いします

認知症を含むさまざまな精神・神経疾患はいまだ根本的な治療(薬)がなく、超高齢社会の日本では、より早期からの予防や診断・治療・ケアが重要になります。また、子供・子育てから老年期までライフステージにおいて、さまざまなメンタルヘルスに関する課題があります。私の専門である「精神生理学的」研究を中心に、さまざまな基礎や臨床医学の先生方と連携し、疾患の特徴を明らかにすることによって、診断・治療に生かせるよう、励んでいきます。 是非ご興味のある方のご参加をお待ちしています。

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略歴

  • 1991年 久留米大学医学部卒業
    久留米大学医学部 精神神経科 入局
    久留米大学大学院医学研究科博士課程(第1生理学教室) 入学
  • 1996年 久留米大学大学院医学研究科博士課程修了
  • 1996年~1998年 米国Oregon Health Sciensces Univ.留学
  • 2001年~2007年 久留米大学医学部 神経精神医学講座助手
  • 2007年~2015年 同神経精神医学講座 講師
  • 2009年~現在  久留米大学病院緩和ケアチーム兼務
  • 2010年~2017年 久留米大学病院 臨床研修管理センター 副センター長
  • 2011年~現在 福岡県認知症医療センター(認定)事務局
  • 2016年~2019年 久留米大学医学部 神経精神医学講座 准教授
  • 2016年~2019年 久留米大学 高次脳疾患研究所 准教授(兼務)
  • 2017年~現在  久留米大学病院認知症ケアチーム ケアチーム長
  • 2019年~現在  久留米大学 高次脳疾患研究所 教授
    久留米大学医学部 神経精神医学講座(兼務)