📮KURUME LETTER
医療現場の最後の砦と表現され「医療の裁判官」と例えられる病理医の仕事
病理部 部長 秋葉 純 教授
所属部署について教えてください
久留米大学病院病理部です。病理部は、内視鏡や手術により患者さんから採取された細胞や組織検体あるいは不幸にも亡くなられた患者さんの解剖の検体から標本を作製し、顕微鏡で観察したり、必要に応じてさらに詳しい検査を行いながら、良性・悪性の判断や病態の把握などの病理診断を行っています。
普段は患者さんと接する機会はほとんどありませんが、裏方として、臨床の先生の治療方針決定に必要な情報を伝え適切な治療につなげる役割を担っています。病理医は、病理診断の結果がその後の診療を左右するため医療現場の最後の砦と表現され「医療の裁判官」と例えられることがありますが、良性・悪性の判定に迫られる意味では似ているかもしれませんね。
本学では年間に組織診断約12,000件、細胞診断約10,000件、術中迅速診断約600件、病理解剖約30件の検体があり、病理学講座の先生たちと連携しながら病理診断を行っています。また近年は、顕微鏡を用いた観察だけではなく、日常診療の中に組み込まれている遺伝子検査の一部も行っています。臨床検査部と協力して、コロナウイルスのPCR検査の一部を担当させていただいた時期もありました。
この道に進むことになったきっかけ、これまでの歩みを教えてください
学生時代から顕微鏡をみることにあまり抵抗感がなく、医師になっても一時期は顕微鏡をみる環境に身を置きたいという思いがありました。当初は内科に所属し、病理の大学院に進んだのですが、肝臓をはじめとするさまざまな臓器を顕微鏡で見ているうちに、患者さんの体の中で起きている現象を詳しく調べてみたいと思ったことがきっかけだったように思います。
研究テーマは、腫瘍の病理とがんの発生・進展メカニズムの解明です。久留米大学病理学講座には、独自に樹立された多数の肝腫瘍の細胞株と臨床情報に紐づけされた肝腫瘍の病理検体のライブラリーが構築されています。私はこれまでそれらを利用させていただき、いろいろな肝腫瘍の研究をしてきました。肝腫瘍と言っても顕微鏡で見るといろいろな違いがあることがわかります。これらの違いにいくつかの遺伝子異常が関わっていることが明らかになってきています。しかしながら、すべてのがんの患者さんに遺伝子検査ができる環境はまだ整備されていない状況です。
最近、久留米大学で樹立された細胞株の網羅的遺伝子解析を行い、これら細胞株が色々な病態や治療薬の効果予測のよいモデルになることが分かりました。今後は、より詳細な解析を行い、実際に臨床的に利用されている治療薬の効果予測に有益な情報を得たいと考えています。また、日々、病理医として組織観察を行っている立場を生かして、顕微鏡で見える組織形態のパターンと遺伝子異常を結び付けて臨床に還元したいと思っています。また、進行した肝細胞癌の標準的な治療薬に対する治療効果予測を規定するマーカーは同定されていません。治療効果の予測は、患者さんの個別化医療に直結する大切な研究ですので、重点的に取り組んでいきたいと思っています。
病院病理部に移ってからは、さまざまな科の臨床の先生方や病理部の技師の方々と腫瘍にとどまらず、代謝性疾患などの検討もさせていただいております。今後はこのネットワークを生かして臨床に直結するような研究成果として発展できればと考えています。
研究活動の醍醐味は?
病理学講座におられた神代 正道名誉教授や、医学部長の矢野 博久先生も一貫して言われていることですが、患者さんの診断や治療など、臨床に役立つ研究をすることが大事だと考えています。毎日標本を見ていて「おやっ?」と思ったことについて、論文を読んだり、これまでの自分の経験の中に照らし合わせたりして、関係していると思われる新たな因子や所見を見つける、それが実際に患者さんの予後に関連しているということがあります。顕微鏡を見ていて疑問に思ったことが、研究の成果となる発見につながった時、研究の喜びや醍醐味を感じます。それが臨床の先生、ひいては患者さんの役に立つことにつながると思っています。
また、実際に手を動かして実験することも大切で、視点を変えながら、さまざまな条件で試行錯誤を繰り返すことで、それまで行き詰っていた実験に突如光が差すことがあり、そんなときには醍醐味を感じます。以前、まだ役割の良く分かっていない分子に関して細胞株を用いて検討を行ったときに、同様の手技で実験を行っても実験を行う度に結果が異なり、途方に暮れていました。この分子が増殖抑制に関わっていそうだということまでは分かっていたので、視点を変え、別の手法で、がん細胞が新たな細胞を生み出すメカニズムを調べてみました。するとこの分子は新たな細胞を生み出す過程のブレーキとして作用することが分かりました。それを受け、がん細胞を培養する際に細胞の密度をそろえることで、同じ結果を出すことができました。通常、がん細胞は、正常な細胞で見られる飽和状態になると増殖抑制作用を示すことがないとされていますが、培養条件下でがん細胞が飽和状態になると増殖抑制を示すことがあり、私の調べていた分子は、たまたまそのような条件に非常に繊細なもので、細胞の密度の差で違った結果になっていたということがやっと判明しました。このように、乗り越えられないと思っていた壁を、手を動かして実験を重ねることで打破できたときの感動も研究の醍醐味の1つかと思います。
研究者を目指す方へメッセージをお願いします
大学院生時代に、遺伝子について調べる機会があり、今ではすっかり有名になったPCR検査を含め、さまざまな知識や手技を習得することができました。がんは遺伝子変異の病気と言われていて、本学でも保険診療として、がん遺伝子パネル検査が盛んに行われています。その時の知識が今になって実際の診断や診療に非常に役に立っています。若い人たちには、ぜひいろいろなことにチャレンジして、自分のテリトリーや守備範囲を広げてほしいです。多くの知識や手技を持っていると、それが将来いろいろなことに結びつくと思います。
研究成果は多くの失敗から生まれるものだということを経験してきました。研究を始めたころには挫折しそうになることも多いと思いますが、それを乗り越えてたどりつける研究成果の意義と自分を信じて、粘り強く研究を続けてほしいです。
それから、病理は基礎研究に重きを置いていると思われがちですが、実際は患者さんの検体を見ることが多く「臨床と基礎のかけはし」と言われています。二足の草鞋を履いているのに近く、基礎と臨床を繋げられる立場にある面白い部門です。病気の成り立ちに興味がある方はぜひ病理の門戸をたたいてください。
研究を離れた休日などにされていることはありますか?
休日は時間を見つけて愛犬(豆しば)の諭吉くんと散歩に出かけたり遊んだりしています。学生時代にサッカーをしていたこともあり、サガン鳥栖の試合を観戦に行くこともあります。特に、高い場所の席で観戦をするのが好きです。高い場所だと広々とした解放感があり、風が吹き抜けて気持ちがいいですし、試合全体が見渡せて、ボールのないところでのかけひきなどを観ることができるのがいいですね。
実験などが思うようにいかなくて気分が落ち込むこともありますが、そんな時は「自然」に癒されています。毎日徒歩で通勤しているのですが、敗北感にさいなまれて暗い夜道を帰るときにふと夜空の月を見ると、いつも変わらない姿で照らしてくれていて、家に帰りつくまでに気持ちが落ち着き、気分を健全に戻してくれるいい時間になっています。
久留米大学は地域の『次代』と『人』を創る研究拠点大学を目指しています。今後に向けた意気込みをお願いします
久留米大学病院が抱える医療人口は約100万人という試算があり、地域の基幹病院として、病理診断の精度管理を担う役割があると思っています。そのためにはやはり「人」が必要です。地域の施設で活躍中の病理の先生方とも協力し合って、患者さんの不利益にならない病理診断をしていくことが大切だと考えています。そのためにも「人材の確保」が必要で、リクルート活動や若い人たちへの的確な指導、教育が我々の重要な役割だと感じています。医師に限らず、医療人みんなで力を合わせて地域全体を支えていく必要がありますね。その一員として微力ながら貢献できるよう努力していきたいと思います。
略歴
- 1997年 久留米大学医学部 卒業
- 2001年 久留米大学大学院医学研究科 卒業
久留米大学医学部病理学講座 助手
アメリカ合衆国食品衛生局(FDA)に研究目的で2年間留学post doctoral fellow - 2003年 久留米大学医学部病理学講座 助手
- 2004年 聖マリア病院 病理部 医員
- 2005年 久留米大学医学部病理学講座 助手
- 2005年 久留米大学医学部病理学講座 講師
- 2012年 久留米大学医学部病理学講座 准教授
- 2016年 久留米大学病院病理診断科・病理部 准教授 部長
- 2018年 久留米大学病院病理診断科・病理部 教授 部長
- 2020年 久留米大学先端癌分子標的部門 部門長兼務